
徳川家康の十一男で、幼名は鶴千代丸。家康に六歳の時「何が欲しいか」と問われ「天下」と答えた初代水戸藩主とは誰か。

幼名は武藤弁丸。正妻には大谷吉継の娘を迎え、大坂の役では天才軍師として名を残した武将とは誰か。

通称「小十郎」と呼ばれ、この名は仙台藩片倉氏の初代から代々当主が名乗るようになった。その初代とは誰か。

幼名を与吉。何度も主君を変えた武将として知られる一方、豊臣秀長に対しては生涯義理を貫いた。築城の名手でも知られる武将とは。

父と同じくキリシタンで洗礼名はダミアン。知略の父とは異なり武勇に優れた勇将で福岡藩の初代藩主は誰か。

はじめ鷹匠として家康に仕え後に江戸幕府の老中となり「害を避くるを知りて、害を避くるの害を知らず。」と家康に進言した武将は誰か。

幼名は竹千代。元服して次郎三郎元信と名乗り、後に祖父の名から蔵人佐元康と改めている武将は誰か。

「それは痰(たん)の毒なり、食すまじ。」と死の直前まで生きることを考えていた武将とは誰か。

幼名は夜叉丸。「賤ヶ岳七本槍」の一人として豊臣秀吉の家臣として仕えた。、関ヶ原の戦い後は熊本藩主となった武将とは誰か。

伊達政宗の命を受けエスパーニャ人と慶長遣欧使節団を率いてローマに渡航しローマ教皇に謁見した武将とは誰か。
8/14(金)に夕刊フジ「検定の花道」のコーナーで紹介された次の例題3問が10/12の試験にも出題されます。
しっかりチェックしておきましょう!

武田信玄の言葉「( )は城、( )は石垣、( )は堀、情けは味方、仇は敵なり」で、すべての( )に入るのは?

「政宗、一生驚くことなかりしに、この( )の価何千貫目といふに心奪はれて驚きたるは口惜し」。伊達政宗が心を奪われた( )とは何?

「一旦の約の重きことを存じて較ぶれば、信濃一国は申すに及ばず、日本国を半分賜はるともひるがへしがたし」。これは、真田幸村が誰に当てたもの?